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概要:気候変動での年間死者25万人は“控え目な予測”という最新論文が発表された。医学分野においてもいかに対応していくか試されている。
「気候変動は、健康上の緊急事態だ」
世界で最も歴史を誇る米医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」の最新論文で、研究者たちが警鐘を鳴らした。
地球温暖化や気候変動の問題は誰もが知っているが、その深刻さは想像以上だと指摘する声が出ている。
shutterstock / Alexey Seafarer
異常気象が次々と観測される中、「地球温暖化」「気候変動」という言葉はもはや耳慣れたものとなった。
2018年10月には、国連の気候変動に関する政府間パネルのレポートが、2030年にも世界の気温が産業革命前に比べて、1.5度上昇すると警告したばかりだ。この気温の上昇により、洪水や干ばつ等の異常気象のリスクが高まり、海面も2100年までに0.26〜0.77メートル上がると予測されている。
死者数への影響はもっと複雑
気候変動による死者と予想される25万人には、多くの子どもたちも含まれている。
Getty / Daniel Berehulak
気候変動が我々の生活に及ぼす影響は、健康・医学分野も例外でない。
5年前、世界保健機関(WHO)は気候変動が現状のまま進行すれば、熱中症やマラリア等の感染症が深刻化し、このような病気による死者が2030〜50年には、現在より年間で約25万人増加するとの予測を公表した。
この25万人のうち、高齢者の熱中症が3万8000人、マラリア感染者が6万人、そして、子どもの栄養不足が9万5000人だ。
しかし、先日発表された最新論文では、年間25万人の死者数は控えめな予測であると断言した。
研究共著者のアンディ・ヘインズ氏はCNNの取材に対して、「死者数への影響はもっと複雑で、穀物等の食糧の生産量や気温の上昇による農家の生産性、さらには、気候変動による人口移動も考慮する必要がある」と取材で述べている。
日本でも変わる野菜や果物の収穫
日本では野菜の生育状況にも変化が現れている。
shutterstock / hiroshi teshigawara
気候変動の大きな要因となっているのは温室効果ガスの排出だが、数ある温室効果ガスの中でも、二酸化炭素の影響は深刻だ。論文ではこの二酸化炭素の濃度が上昇することで、米や麦等の穀物の栄養価(プロテインやビタミンB)が下がると指摘。さらに、2050年には野菜や果物の収穫量も減少し、約53万人もの死亡につながるとするデータを紹介している。このような死亡例の大半は、南アジアと東アジアで起こるという。
食糧供給への影響は、日本も例外ではない。
環境省も、気候変動の影響が全国の野菜の生産に現れていることは「明らかである」と言い切っている。特にキャベツなどの葉菜類や大根などの根菜類では、収穫が早まる傾向にあるほか、生育障害の発生頻度の増加もみられると予測されている。野菜は、栽培時期の調整や適正な品種選択により、生産ができなくなる可能性は低いとしつつも、今後さらなる気候変動が、野菜の計画的な出荷を困難にする可能性があるという。
一方で、果物は気候への適応が非常に低いうえ、一度植栽すると同じ樹で 30 〜40 年栽培するため、特に1990年代以降の気温上昇に 適応できていない場合が多いとしている。
医療施設・従事者も気候変動へ対応を
病院や医者のキャパシティが試される。
Alexander Gatsenko / Shutterstock.com
対応策が講じられない限り、高温や空気汚染による病気や媒介性の感染症が広がるうえ、食糧不足による栄養失調も進み、人々の疾病率と死亡率は増加する。
論文では、このような状況に対応できるよう、病院や医者のキャパシティも試されていると、医学界に呼びかけている。例えば、海面温度・気温上昇によって変わる感染症の発生時期や場所を把握して、予防・適応策を講じるほか、医療施設が洪水等のリスクにさらされていないか、立地も再考する必要がある。
本記事の筆者も、米系国際NGOのMercy Corpsで、「Zurich Flood Resilience Alliance」という洪水防災の5カ年プロジェクトを担当している。洪水の被害を、適切な政策や投資によって、最小限にとどめることが最大の目標だ。ただ、気候変動により増加する洪水被害を考える際には、現場の知識やプログラム運営に加えて、学問的データも必要となるため、チューリッヒ保険やロンドン・スクール・オブ・エコノミクスと組み、官民学が連携する形で事業を進めている。
十分な医療施設がないことで広がる被害
日本でも、この100年間で国内の主要10都市すべてが2度以上、高くなっている。2018年の夏は特に記録的暑さとなり、熱中症で過去最多の9万5000人が救急搬送され、160人が死亡した。高齢化が進む中、救急搬送者の約半数が65歳以上であったことも、特筆すべき点だ。
また、地球温暖化が進めば、海水からの蒸発が盛んになり、大量の水蒸気が大気中に蓄えられ、より強い熱帯低気圧が発達しやすくなる。2017年にプエルトリコを襲ったハリケーン・マリアの犠牲者のうち、3人に1人の死因は、強風や大雨の直接的被害ではなく、十分な医療施設やヘルスケアがなかったためであることは、あまり知られていない。
もちろん、気候変動の根本的な要因の根絶や現状への対応をするには、あらゆる分野と人々が力を合わせる必要がある。しかし、このような健康・保健上のリスクが明らかになっている中、緊急時に頼りとされる医学界も気候変動に取り組まなければいけないということだ。
論文と合わせて発表された医学雑誌の社説でも、化石燃料の使用等による環境破壊が、空気汚染や熱中症などの健康被害にどうつながるか、医師ならではの立場を活用し、人々の理解を促すことができると、懸命な呼びかけが綴られている。
「私たちも、気候変動がコミュニティや未来の子どもたちの健康に及ぼす影響を恐れている。しかし、ただただ絶望するのではなく、自分たちの声を最大限活用して、医学生に環境にやさしい行動を呼びかけたり、同様な問題意識を持った研究者とつながったり、政策決定者と対話をしたりする必要がある。アメリカには現在100万人以上の医師がいるが、行動に責任を持たなければならない。次の世代に、“気候変動に対して何をしたか”と聞かれたときに、しっかりと答えを提示したい」
と、締めくくっている。
大倉瑶子:米系国際NGOのMercy Corpsで、官民学の洪水防災プロジェクト(Zurich Flood Resilience Alliance)のアジア統括。従業員6000人のうち唯一の日本人として、防災や気候変動の問題に取り組む。慶應義塾大学法学部卒業、テレビ朝日報道局に勤務。東日本大震災の取材を通して、防災分野に興味を持ち、ハーバード大学大学院で公共政策修士号取得。UNICEFネパール事務所、マサチューセッツ工科大学(MIT)のUrban Risk Lab、ミャンマーの防災専門NGOを経て、現職。インドネシア・ジャカルタ在住。
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