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概要:新型コロナウイルスの感染拡大が経済に大きな影響を与える中、リアルタイムで景気や物価の動向を把握できるビッグデータを日本銀行が積極的に活用している。消費者物価指数(CPI)など伝統的な指標とは異なる実態が浮かび上がることもあり、今後の金融政策運営に影響を与える可能性がある。 日銀は7月に公表した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)で、スマートフォンの位置情報をもとに店舗や娯楽施設の混雑状況を提供するグーグルの
木原麗花 和田崇彦
[東京 28日 ロイター] - 新型コロナウイルスの感染拡大が経済に大きな影響を与える中、リアルタイムで景気や物価の動向を把握できるビッグデータを日本銀行が積極的に活用している。消費者物価指数(CPI)など伝統的な指標とは異なる実態が浮かび上がることもあり、今後の金融政策運営に影響を与える可能性がある。
日銀は7月に公表した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)で、スマートフォンの位置情報をもとに店舗や娯楽施設の混雑状況を提供するグーグルのサービスを使った。そこからは、政府による外出自粛要請が5月に解除された後、家計の消費が他国よりも急速かつ顕著に回復したことが明らかになった。
他のビッグデータからも、パソコンなど耐久消費財の販売が改善し、娯楽、外食、旅行などの支出の低迷をある程度補ったことが分かった。
日銀は政府統計などの伝統的指標とともにこうしたデータを活用、日本経済がすでに底入れしており、直ちに追加の金融緩和策を行う必要はないとの結論を導き出した。
日銀の黒田東彦総裁は、金融政策の現状維持を決定した7月の金融政策決定会合後の記者会見で、「日本経済は緩やかではあるけれども、着実に回復していくとみている」と述べ、「サービス関係、観光やスポーツ、イベントなどは、 完全に戻るのはなかなか難しいが、緩やかに回復している段階で、物の消費や生産は、底を打ったと思う」とした。
日銀は世界の中央銀行の中ではビッグデータの利用に比較的慎重だった。だが最近では180人の調査統計局員を動員し、貨物輸送の動きやスマートフォンの位置情報、衛星画像による工場周辺の人の動きまで幅広く収集し、経済実態をより正確に把握する取り組みを進めている。
日銀が掲げる2%の物価目標の達成に向けた進捗(しんちょく)度合いを測るうえでも、こうした非伝統的なデータが影響を与える可能性がある。
民間企業が提供するリアルタイムデータによれば、サービス価格が低迷する一方、製品価格については着実に上昇しているものもあり、物価の動きは総務省が発表するCPIが示すほどデフレ的ではない可能性もある。こうした情報も踏まえ、日銀は7月の展望レポートで、新型コロナウイルス感染症が物価に与える影響について、上振れ・下振れ双方の要因を注視する必要があると指摘した。
日銀出身で、日本におけるビッグデータ利用の先駆者である東京大学大学院経済学研究科の渡辺努教授は、日銀の政策運営について「(物価安定目標の)2%のターゲットそのものを変えることは考えていないだろうが、もっといろんなデータをにらみながら判断していくのだろう」と話す。
「この先ワクチンが開発・普及するまで2年くらいかかるだろうが、その間は伝統的データでは間に合わない。(伝統的なデータは)GDP(国内総生産)を含めて使い物にならないので、全面的にビッグデータに頼っていくことになるだろう」
<追いかける日銀>
主要国の中央銀行は、経済へのパンデミック(世界的な大流行)の影響をすばやく把握するため、リアルタイムのデータを重要視しはじめている。月次の小売売上高や失業率といった伝統的な指標は、新型コロナウイルス感染症の影響について正確な状況を把握するには遅すぎるからだ。
先行しているのは米連邦準備理事会(FRB)で、高頻度のデータを多数利用し、オンライン調査や人の動きの変化を測る指標の開発など新たな方法を探っている。
後を追うように取り組みを加速する日銀は、昨年プロジェクトチームを立ち上げ、高頻度データをより景気の情勢判断に活用する仕組みを検討してきた。伝統的に理論やモデルを重視してきた日銀の歴史からすると重要な一歩だ。
ニューヨーク連銀やドイツ連邦銀行(中央銀行)は、頻繁に更新される消費・企業活動のデータをもとに週次で国内総生産(GDP)の動きを補足する指標を公表しているが、日銀も類似の指標を内部的に導入している。
こうした改革の陣頭指揮に当たってきた日銀の神山一成調査統計局長は、データ収集・分析を効率化するために、今後日銀でもデータサイエンティストの採用・育成を検討すべきとする。
ビッグデータの活用が進んでこなかった背景には、日銀独自のサーベイ能力の高さがある。全国に張り巡らされた支店によって1万社近い企業から調査への回答を集めている。だが、コロナ禍で企業幹部にヒアリングを実施することが以前より難しくなる中、より効率的な情報収集手段を見つける必要性が強まった。
神山局長はロイターに対し、「平時では経済見通しにもとづくフォワードルッキングな政策運営が可能になるが、危機時で日々急速に経済情勢が変化するとうまくいかなくなる。経済の現状や見通しの不確実性も高まる。真夜中にライトなしで運転を行うような状態になりかねない」と語った。
「高頻度データを含め、非伝統的データがもつ速報性が大きな強みを発揮するのはそういう危機時だ」
パンデミックで経済・物価情勢が見通しにくくなる中、政策担当者が利用できるツールは多ければ多いほど良い。モルガンスタンレーMUFG証券のエコノミスト、山口毅氏は「景気後退の直前や景気後退から抜け出す直後といった、景気の転換点、局面が変わるときにはこうしたデータの利用価値は高い」と語る。
日銀がこうした新たな取り組みを進める背景には、2%のインフレ目標達成の見通しが立たない中、政策判断において経済・物価情勢をより複眼的に見る必要があるのでは、との認識が広がっている面もある。
神山局長は、「新型コロナウイルス感染症のような極めて大きなショックが加わるもとで、経済構造が変化している可能性が無視できない」と語る。
「経済を単純化しすぎずに、これまでより少し複雑にみていかなければいけない」
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