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概要:この10月から始まる脱炭素に関する欧州の「関税」施策に、輸出国や企業が戦々恐々としています。日本への影響はどの程度あるのか、解説します。
日本をはじめとした輸出国が、この10月から欧州連合(EU)で施行されるある法案に戦々恐々としている。
EU肝入りの気候変動政策である「炭素国境調整措置」(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)だ。
CBAMとは端的に言えば、EU内に輸入される一部産品に「二酸化炭素(CO2)排出1トン当たりいくら」という形で企業に「関税」がかかる仕組みだ。課金が始まるのは2026年からではあるものの、輸出を生業にする企業にとっては無視できない。
2015年の「パリ協定」を受け、欧州議会は2021年6月、EU域内のGHG(温室効果ガス)排出量を2030年までに1990年比で少なくとも55%減、2050年までにネットゼロ達成を約束する欧州気候法を採択した。これを実現するために策定された2030年へ向けた政策パッケージ「Fit for 55」の中で最も注目されているのがCBAMである。
CBAMは、カーボン・リーケージ(炭素漏出)のリスクに対処する措置として編み出された。
カーボン・リーケージとは、EUのように気候変動対策に積極的に取り組む地域の製品がコスト上不利となり、規制の緩い国外へ産業が流出したり、安価で炭素効率の低い輸入品が流入したりして、結果的に全体のGHG排出量を減らせないことをいう。
これを防ぐため、EUでは2005年から導入した欧州排出権取引制度(EU -ETS)において、近年リーケージのリスクの高いセクターに無償で排出権を割り当てていた。ただ、これではGHGの排出量の多い産業のGHG削減へのインセンティブが働かず、気候法の目標達成は難しくなる。
このため、EUでは2026年から35年まで段階的に排出権の無償割り当てを削減する代わりに、リーケージ対策としてCBAMを徐々に導入することになった。
CBAMの当面の対象は、鉄鋼、アルミニウム、肥料(アンモニアを含む)、セメント、電力、水素のEU域外からの輸入品で、原材料や半製品(中間材料)に加え、一部川下の製品も含まれる。2026年からは、EU域内の輸入業者は毎年5月末までに、前年度の対象輸入製品の総量とその内包排出量(embedded emissions)をまとめ、CBAM証書を購入して排出量を償却しなければならない。
証書の価格は、EU-ETSにおける排出枠有償割当の週平均価格と連動している。
この価格は2020年までCO21トンあたり20~30ユーロ前後で推移していたが、Fit for 55の発表等を受け2021年から上昇傾向に入り、一時は100ユーロを超えた。なお、EU域外ですでに炭素税や排出権取引などでCO2排出量に対する支払いが済んでいる輸入製品は、支払い分だけCBAM証書の購入が控除される。
2023年10月から2025年末までは移行期間として、輸入業者は四半期ごとに対象製品の輸入量、原産国、生産施設に加え、製品の内包排出量として「直接排出」(生産工程からの排出)と「間接排出」(生産工程で消費される電力の生成で生じる排出)の報告が求められる(鉄鋼、アルミ、水素は直接排出分のみ)。GHGプロトコルに基づいた組織の排出量算定に関わっている方なら、「直接排出」はスコープ1、「間接排出」はスコープ2に相当すると考えると分かりやすい。
各四半期末から1カ月以内の報告が求められており、初回の提出期限は2024年1月末に迫る。報告義務違反には、未報告のCO2排出量1トン当たり10〜50ユーロの罰金が科される。
CBAM導入により影響が見込まれるのが、欧州に原材料などを輸出している輸出業者だ。
ただ、当面の対象が鉄鋼、アルミニウムなどであることから、まずはロシア、トルコ、中国、インド、韓国、米国や一部のアフリカ諸国などへの影響が大きい。戦火に苦しむウクライナや石炭火力中心の電力を輸出する西バルカン諸国も含まれ、インドなどは新たな貿易障壁だとして世界貿易機関(WTO)に提訴する構えを見せている。
EUは、CBAM証書額は域内の炭素価格(排出量取引におけるCO2の価格)に準じているため、「輸入品に国産品よりも高い基準は求めていない」と正当化し、途上国には別途排出量算定や技術支援を行っていくとしている。
日本からEUへのCBAM対象製品の輸出量は非常に小さく、当面は直接的な影響はほとんどないと考えられる。ただし、日本企業のEU域内現地法人が域外から調達している場合は影響を受ける。
またCBAM対象はEU-ETSの対象セクター全般に徐々に広がる予定で、すでに有機化合物・ポリマーなどへの適用拡大が検討されている。もし今回対象となった製品の川下製品への拡大が行われれば、日本企業への影響が大きくなる可能性もある。
日本鉄鋼連盟をはじめ産業界は、EU企業がEU-ETS で年1回、しかも直接排出量しか報告を求められていないことや、製品ごとの排出量開示を求められない点などがWTOルールに反すると反発している。また、報告データの秘匿性にも疑問を呈している。
排出権取引導入の遅れが重荷に
二酸化炭素排出量の計算は企業の間で一般的になりつつある。一方で、日本では排出量取引をはじめとした取り組みが欧州に比べて遅れている。
本来、日本製品の炭素効率は全般に欧州に引けを取らないかそれ以上で、EUから日本へのカーボン・リーケージはないと考えられる。ただ、日本の問題は、排出量取引などの取り組みが遅れているため、EUに輸出する際にCBAM証書の購入を控除できる額が小さいことにある。
EU域外ですでに支払われた炭素価格は、CBAM証書の購入から差し引きできる。現在CO2排出量1トン当たり289円ばかり石油・石炭税に上乗せされている地球温暖化対策税や、2028年度から導入する予定の化石燃料賦課金は、減免・還付分を除く実際に支払った分なら控除対象に該当する可能性がある。
他方、エネルギー課税や再エネ固定価格買取制度(FIT)賦課金といった、間接的にGHG排出に対する税金とも言えなくはない政策は、CO21トン当たりの価格への換算が困難として勘案されない。
日本ではグリーン・トランスフォーメーション(GX)政策の一環として、経済産業省が創設した「GXリーグ」の自主的な排出量取引制度(GX-ETS)の導入が進みつつある。ただ、自主設定目標の未達分にのみカーボン・クレジット等の購入を求める方式が検討されており、全排出量に対する排出枠納付を求めるEU-ETSとは炭素価格を支払う範囲が異なる。EUへの輸出時には、その差し引き分についてCBAM証書の納付義務が課される可能性がある。
CBAM政策の威力は、域内の政策と言いながら輸出国側の気候変動対策を促せるポテンシャルにある。北米は欧州との政策対話を進めており、カナダでは連邦炭素税の大幅引き上げが確定するのと並行してリーケージ対策としてのCBAMの検討が進み、米国でも民主党が国境炭素税案を提出している。
中国や韓国などすでに排出量取引制度を導入している国では、排出枠の削減により比較的容易にCBAMによる課金を低減することができる。このため、今後途上国においても炭素税や排出量取引制度の導入が急速に拡大する可能性があり、日本も炭素価格政策のさらなる加速化を真剣に検討しないと乗り遅れるだろう。
「EU方式」の排出量算定に早めの準備を
10月以降、四半期ごとに報告が求められる排出量の計算方法についても、当初は域外の方法も認められるが、2025年1月以降はCBAM規則の付属書IIIで規定されるEU方式に従わなければならなくなる。
直接排出される実際の量が算定できない場合は、排出削減に精力的に取り組んでいる企業でも換算に使う排出係数にEU域内の性能下位施設10%の平均値が基準値として割り当てられるとされ、損をする可能性がある。他方実際の排出量を申告するには、独立した検証機関による認定が必要だ。
CBAMで報告が求められる内包排出量は、原料採取から廃棄までのいわゆるライフサイクル全体のカーボン・フットプリントより狭い範囲を指す。ただ、将来的には範囲の拡大も考えられることもあり、EUへの輸出企業はサプライヤーとの連携を図ってGHG算定のためのデータ収集に早めの準備を心がけておくべきであろう。
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